表紙へ戻る

九霄高く

( 旧制大阪商科大学予科 応援歌勝利の歌 )

作詞者、作曲者 不詳

(曲は 『星落秋風五丈原』 による)


| PNG 楽譜 | 極貧 MIDI |

<壱>
九霄 (きゅうしょう) 高く月は澄み
寥土 (りょうど) に冴ゆる秋の声
利刀朽敗 (りとうきゅうはい) 三百年
血は枯れ 骨は砕かれて
憤怨に泣く敗残の
(がい) に鬼哭 (きこく) す風悲し

<弐>
嗚呼城南の地の寂れ
奇星黙して語らねど
不問の裡 (うち) に意気たぎり
丈夫の気魄 (きはく) 流れつつ
陸の技 此処 (ここ) に闘われ
雄々しき業ぞ香るかな

<参>
その香 南に漂いて
花散り惑う河北原
征士 一度 (ひとたび) 往くところ
銀鞍 (ぎんあん) 白馬 堂々と
雄剣 紫電 (しでん) 閃きて
敵陣淡く雲暗し

<四>
長江清し 淀の水
流るる青史 (せいし) に棹 (さお) ささば
岸辺豊けき栄風に
優勝の旗 翻し
遠く戦士の績 (いさおし)
永々 (とこ) とは語る影床し

<五>
彩雲青霞 (さいうんせいか) 群がりて
銀光白き桃渓 (とうけい)
凱歌や麗し享楽の
瑞台玉楼 (ずいだいぎょくろう) 花の夢
誇る勝利を謳 (うた) いける
君が栄誉に光あり


出典: 『大阪商科大学愛唱歌集』(有恒会 編、1990年)などを参考にしています。

なお、漢字表記・振り仮名は現代のものに改めてあります。



表紙に戻る


[ 注 記 ]

<著作権について>

作者は不明です。

戦前の旧制大阪商科大学予科の陸上競技部・相撲部で歌われていた、ということと、
姉妹校の天商(現・大阪市立天王寺商業高等学校)でも歌われてきたらしい、ということしか判明していません。
両校が隣接して建っていた、烏ヶ辻時代(明治44年 [1911年] ~昭和9年 [1934年])の作と考えられます。

曲は、土井晩翠氏の詩  『星落秋風五丈原』 に付けて歌われた曲を流用してるようです。作曲者は不明です。


<歌詞について>

原曲(諸葛孔明を題材にした歌)と同様、かなり漢文の影響を受けています。漢語が多くて、私にはよく意味がわかりません......。

"九霄(きゅうしょう)" - 九天。もっとも高い天。

"利刀朽敗三百年(りとうきゅうはいさんびゃくねん)" - この歌が作られる300年ほど前には、豊臣家が滅んでいます。(1614年)

"城南" - 大阪城の南の地域。当時の大阪商科大学は、 桃谷("桃渓(とうけい)")・烏ヶ辻("烏丘(うきゅう)")にありました。
昭和9年頃、烏丘から大阪市の南の端("香陵" 近くの浅香山のこと)に移転しています。

"河北原(かほくげん)" - 本来は、中国・黄河の北の平原のこと。ここでは、大和川の北の平原(学舎)のことを指すようです。

"淀(よど)" - 淀川。滋賀県民・京都市民の排出したものが流れていますが、大阪市民・阪神間住民の重要な水源です。

"青史(せいし)" - 歴史。

なお、2番の 「陸の技」は、相撲部の応援歌として歌うときは  「撲の技」になります。

表紙に戻る

Entaro NAGATANI, 1996-2006.
ご意見はこちらへ