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緑園歌(SIIBの歌)

( 昭和15年 旧制大阪商科大学高等商業部クラス歌 )

篠田恭一 作詞・作曲


| PNG 楽譜 | 極貧 MIDI |

<壱、憧憬>
ああ南郊の大平野
水 洋々と流れゆく
大和 (やまと) 河畔に佇めば
ナイルの岸に残る夢
乱るる雲によみがえり
健児の歌を讃うかな

<弐、希望>
ああ突風よ 吹かば吹け
ああ稲妻よ 射らば射れ
艱難辛苦 共にして
飛ぶ若鷲の群のごと
うて勇壮の羽搏 (はばた) きを
SIIB (エス・に・ビー) の羽搏きを

<参、友情>
緑の園に 融合の
花咲き乱れ 感激の
露はこぼるる春の日に
君若き日の想出 (おもいで)
こめてや乾 (ほ) せよ 盃を
ああ友情に涙あり

<四、憂国>
カシオペイアの大星座
国は破れて山河あり
城 春にして草深し
何を語るか コロセウム
月は久遠 (くおん) の白き花
世紀の窓に吹く嵐

<伍、人生観>
天空駆くる彗星も
すべて主観の淡き影
砂漠の果 (はて) に日は落ちて
黙々とゆくキャラバンに
ああオリオンの示す道
人は宇宙に生きてあり

<六、恋愛>
朧月夜 (おぼろづきよ) の花の色
淡き光の影うけて
かすめる空を眺むれば
ああ花は散る 花は散る
秘めし想を如何 (いかに) せん
水にしだるる糸柳

<七、体育>
ああスパルタの旗の風
オリンピアに夜来れば
聖火に集い奏づ歌
げにスポーツの花匂う
体育の道 熱の道
勝利の鐘を打ち鳴らせ

<八、文化>
芸術の街 風光る
哲学の郷 (さと) 夜が明ける
文化の雲に憧れて
水平線をのぞむとき
ああ悠久の大地球
自転の音の響くかな

<九、逍遥>
商業都市の夕まぐれ
街路樹 夢を囁 (ささや) けば
通天閣の点滅灯
SIIBの健児らは
享楽 (きょうらく) の灯をよそにして
三々五々と語りゆく

<什、戦争と学問>
ああオーロラは輝けり
真理を求むる情熱に
雪の平原 踏みつけて
氷の理性をとぎすまし
行け 究学の北極を
学は我等の進む道

<什壱、学徒の使命>
瓦堡 (ワーテルロー) の戦勝は
黄昏 (たそがれ) こむる伊敦 (イートン)
かの学寮にあらざるや
事変の嵐 時の波
正しき批判に鞭打ちて
学徒の使命を遂げんかな


出典: 『有恒会百年史』(有恒会 編、1990年)によっています。
振り仮名は現代仮名遣いによります。



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[ 注 記 ]

<著作権について>

作者 篠田恭一氏は昭和14年 [1939年] 商大高等商業部入学。この歌のほかにも、応援歌『白雲躍る』『山水けぶる(動く都の)』『白銀の翼』 の作詞を手がけています。現在もご存命かもしれません。

ですから、著作権はまだ存続しています。ただし、JASRACの管理楽曲ではありません。 抗議・ご意見はこちらへ


<歌詞について>

篠田氏の所属していた商大高等商業部昭和14年入学B組は『緑園』というクラス雑誌を作っていました。
そのため、2年のときに作られたこの歌も、『緑園歌』と呼ばれるようになったとのことです。
なお、「SIIB(エス・に・ビー)」とは、「高等商業部2年B組」を表すそうです。(S=高等商業部、P=予科)

"大和河畔(やまとかはん)" - 大和川の河原。大和川を見てナイル川に思いを馳せた歌は、この歌をおいてほかにない。

"国は破れて...草深し" - 杜甫の漢詩より。

"通天閣(つうてんかく)" - 大阪ミナミを代表する観光タワー。ここに歌われているのは、戦前の一代目通天閣。 火災に遭い、戦時の金属供出で消えたと聞いています。

"瓦堡(ワーテルロー)の戦勝" - 1815年、ワーテルロー(現ベルギーの地名)にて、ナポレオン軍をイギリス・プロイセンの連合軍が破った故事。

"伊敦(イートン)の...学寮" - イートン校はイギリスを代表する名門パブリック・スクール。全寮制。ワーテルローで勝利した司令官ウェリントンの母校のようです。

10番・11番の歌詞について、作者の篠田氏は、「当時としてはかなり勇気を出して書いたものである。...(中略)...『学問をする奴は利己的になり、批判ばかりして実行が伴わない』とうぞぶく当時の指導層に対して、私は精いっぱいこの歌詞で反論を試みたのである。」 と書いておられます。(『有恒会百年史』P.474、475 より引用。中略は えんたろうによる)


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Entaro NAGATANI, 1999-2006.
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